大判例

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東京高等裁判所 昭和36年(ネ)418号 判決 1966年5月27日

控訴人 西武鉄道株式会社

右代表者代表取締役 小島正治郎

右訴訟代理人弁護士 工藤精二

同 中島忠三郎

同 遠藤和夫

同 丸山一夫

被控訴人 常磐炭鉱株式会社

右代表者代表取締役 大越新

右訴訟代理人弁護士 毛受信雄

右訴訟復代理人弁護士 谷正男

主文

原判決を取消す。

被控訴人は控訴人に対し金二百三十九万四千七百四十円及びこれに対する昭和三十一年六月十四日より完済に至るまで年六分の割合による金員を支払え。

訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。

事実

控訴代理人は主文同旨の判決を求め、被控訴代理人は控訴棄却の判決を求めた。

当事者双方代理人の事実上の主張、認否竝に証拠の提出、援用、認否は次の点を附加するほか原判決事実摘示と同一であるからここにこれを引用する。

一、控訴代理人の主張

(一)  昭和十七年鉄道省令第三号鉄道運輸規程第六二条竝に貨物運賃規則第八〇条に所謂「貨主」とは当該貨物が荷送人(運送取扱人)竝に運送人に法定の過失がなく指定駅に到着したる場合直ちに所有権が移転しその取りおろしをなし得る者を指称する。然もその法的効果は商法第五七五条の貨物引換証所持者に対すると同様に物権的効力を有する者である。

本件の場合は委託者が被控訴会社で運送取扱人(乙第一号証では荷送人とも云う)は日通で、運送人は国鉄及び控訴人会社である。本件石炭輸送については、その買受人である駐留軍との間に甲第十一号証の一記載のとおりの石炭売買契約が締結せられた。その契約のうち本件運送契約に不可缺の部分を摘示すると、被控訴会社は(1)計画に定められた全補給物資を供給しかつ輸送しまた全役務を遂行すること、(2)納入地は埼玉県所沢市キャンプ所沢内受領人貯炭場、荷卸しは契約者である被控訴会社でなすこと、(3)炭質は五、八〇〇カロリー以上、(4)検査は受領地点においてなされる、(5)不満足な石炭を納入したと云う理由で惹起するかも知れない貨車その他の留置料に対しては被控訴会社が責を取るものとする等である。この約旨によって被控訴会社は本件石炭積載貨車が北所沢駐留軍側線に到着の際駐留軍隊によって炭質検査を受けつつあったことは不動の事実である。そして合格炭のみが被控訴会社が自ら取卸しを依頼した(甲第五号証)西武通運株式会社によって最終地点であるキャンプ所沢内貯炭場に運搬せられ不合格炭はすべて被控訴会社隅田川出張所を荷受人として積載貨車そのまま返送せられていたのである。このような貨物輸送上の特約が被控訴会社と駐留軍との間に存在し、このことが現実に実行せられていた事実から見れば、たとえ乙第一号証の一ないし二百十一の車扱貨物通知書の荷受人が駐留軍隊と指定されていても、この荷受人が前掲法条に謂う側線着と同時に貨物の所有権を取得しその貨物を取りおろし得る真実の貨主と言えるであろうか。殊に乙第一号証の記載は「駐留軍隊側線入り」とあるだけで明らかに駐留軍隊とは指定していないのである。のみならず前記のとおり本件石炭売買契約において貨車その他の留置料は被控訴会社がその責に任ずる旨定められている。叙上の理由で控訴人は被控訴人に対しこれが留置料の請求をなすものであるところ、被控訴会社は右留置料は荷送人である日通に請求すべきであると主張するが、前記特約を知らない日通としては着駅において積載貨物の品質検査を受ける義務が存在する筈はないのであるから、右主張は被控訴会社が自己の責を免れるための言辞に過ぎないのである。

被控訴会社と駐留軍との間の約旨からすれば、乙第一号証の着駅側線での貨物取りおろし人(荷受人で貨主)は当然委託者である被控訴会社としてその真実を記載すべきであった。しかるに日通がこの事実を知らなかったことと終点着駅は駐留軍隊の側線であったのでこの側線に引入れられる貨物積載貨車は総て駐留軍を荷受人として表示しなければならなかったために乙第一号証の荷受人を形式上(真実に反して)駐留軍と表示したにすぎないのである。

(二)  被控訴人主張の消滅時効の点について。

商法第五六七条は運送取扱人の委託者又は荷受人に対する短期消滅時効の規定である。そして本件では運送取扱人(商法第五五九条)は日通である。故に日通が委託者すなわち被控訴会社又は荷受人に対して請求すべき債権がある場合に限り一年を経過したときは消滅するというのであって、例えば商法第五六一条の報酬請求権又は運送上の費用立替金等の債権を指称するものである。そして右商法第五六七条が同法第五八九条によって運送人(本件で云えば控訴会社)に準用されているのであるが本件貨車留置料請求権の如き損害金の性質を有し商慣習法に基づく請求権は商法第五六七条には包含せられていないから、その準用はあり得ない。

仮に然らずとするも、控訴会社は被控訴会社に対し(1)昭和二十九年十月二十七日控訴会社の社員大田中全、萩谷譲寿両名をして請求書持参の上請求せしめ、(2)その後同年十一月二九日、昭和三十年一月十四日、同年二月二十五日、同年十二月二十一日、同年同月二十四日、等数回に亘って社員安田吉保、大川岩見等をして請求をなさしめた。これ等の請求の結果被控訴会社は昭和三十一年一月十日その債務を確認し(甲第一号証の一)かつこれより前昭和三十年一月七日付の書面で駐留軍に対し解決方を依頼しているのであって、控訴会社は昭和三十一年六月二日本件訴を提起しているのであるから、以上により時効は中断されている。

二、被控訴人の答弁及び主張

(一)  日本国有鉄道貨物運輸規則(昭和二四年九月公示第一二五号)第二七条、第八〇条の解釈上、荷受人が貨物取卸し及び貨車留置料支払義務者となることは明らかであり、このことは貨物の所有権の帰属関係とは全く別個のものである。

控訴人は被控訴人と駐留軍との石炭納入契約上の特約を根拠として被控訴人が恰も貨車留置料支払義務者である如く主張するが、右契約は石炭納入契約を規律するものであり、本件運送契約関係とは全く無関係である。被控訴人と駐留軍の右契約の大綱は控訴人主張の如くであるが、被控訴人は右の石炭納入契約上の義務履行として特に問題が生じた場合の石炭検査の立会のため又はキャンプ所沢から納入石炭の領収書を受領するためその都度社員樋口賢之助外一名を現地に出張させ、また到着石炭の取卸し、運搬作業のため訴外西武通運株式会社の作業員をキャンプ所沢に提供し、これに要した費用を右西武通運に支払っていたのである。右は石炭納入契約に基づいての実行であり本件運送契約とは何等の関係がない。

本件車扱貨物運送契約における荷受人はキャンプ所沢でありこのことは乙第一号証の一ないし二百十一(車扱貨物通知書)の記載によって明らかであるのみならず石炭積載貨車の着駅後駅長はキャンプ所沢の指揮監督下にある西武通運を通じて担当官たるグレーダー軍曹に着炭を通知しその後の措置はキャンプ所沢の指揮命令監督の下に行われ、被控訴人は何等これを実施しなかったこと、貨車留置料を生ぜしめた理由のものはグレーダー軍曹の行為に因るものであること等によっても窺い得るところである。従って荷受人たるキャンプ所沢が本件貨車留置料の支払の責任を負担することは明確である。

(二)  貨車留置料について商法第五八九条、第五六七条の適用なしとする控訴人の主張は争う。また時効中断の点の主張事実についてはこれを否認する。勿論被控訴人が債務承認をしたというが如き事実はない。控訴人は当初キャンプ所沢に対して本件留置料の支払を請求したところ、米軍より被控訴人から請求すべき旨申渡されたとして被控訴人に協力を求めた。そこで被控訴人は好意的に控訴人の要請に応じてキャンプ所沢の上級部隊たるキャンプドレークに請求書を提出したところ提出先が異なるとのことであったので昭和三十年(西暦一九五五年)一月七日付甲第一号証の二の書面を以て米軍のJ.P.A.に請求した。そして被控訴会社は右の事情を昭和三十一年一月十日付甲第一号証の一書面を以て控訴人に通知したに過ぎないのであって、右書面は決して債務承認をした趣旨のものではない。従って控訴人の時効の中断ないしは債務の承認を前提とする主張は理由がない。

(三)  なお、控訴人主張の留置料が計算上その主張の如き数額となることは認める。

三、証拠関係≪省略≫

理由

一、被控訴会社が石炭の販売を業とする会社であり、控訴会社が地方鉄道法により貨客運送業者であること、被控訴会社は昭和二十九年六月十八日アメリカ合衆国のわが国の駐留軍(以下駐留軍と称す)と石炭供給契約を結び、その履行のためその運送の取次を訴外日本通運株式会社(以下日通と称す)に委任したこと、そこで日通は駐留軍補給物資たる石炭をその名において日本国有鉄道公社(以下国鉄と称す)と隅田川駅から池袋駅又は国分寺駅を経由して、控訴会社の北所沢駅側線に至る貨車扱による通し運送契約を結んだこと、その結果国鉄と控訴会社とが相次いでその石炭を北所沢駅側線に合計三七八輌運送したところ、うち二四四車輌につき所定の時間内に貨車より石炭の取卸しがされず結局原判決添付明細書記載のとおり超過時間合計九、七九三時間にわたり右駅構内に貨車が留めおかれ、その留置料金は右明細書記載のとおり合計金二三九万四、七四〇円となることはいずれも当事者間に争がない。

二、そして控訴会社が右の如く所定時間内に貨物の取卸しをしないことになる貨車留置料を請求し得る法的根拠及びその支払義務者が貨主即ち荷送人、荷受人又は貨物引換証所持人を指称するものであることについて当裁判所のなす判断も原判決がその理由において説示するところと同一であるからここに右記載(原判決書八枚表五行目より十一枚表一行目まで)を引用する。

三、ところで本件運送契約における荷受人が何人であるかについてしらべてみると、控訴人は当初荷受人を駐留軍であると主張し、その後右主張を改め被控訴人を荷受人と主張するに至ったものであり、右主張事実の立証責任が本来控訴人に属するものであることは原判決のいうとおりであるが、控訴人自身自己の不利益なる事実を真実と主張した以上、右主張がこの点についての相手方の主張に先行してなされた場合においても、相手方(被控訴人)が、控訴人の右先行的事実主張を援用した場合には、控訴人のなした自己に不利益な事実の主張は、いわゆる先行的自白、又自認(自陳とも称される)として、自白の効力を認められる(相手方はこの点につき顧慮するの必要がなくなる)こととなるのであり、控訴人の主張の変更は先行的自白の撤回として、そのままでは撤回の効力を生じないのである。唯本件においては後述の如く、荷受人が被控訴人であることが認められるので右自白は事実に反するものであり、特段の事情の認め得る証拠(控訴人が敢えて事実に反する主張をしたというような)のない本件では、右自白は錯誤によるものとして有効に撤回されたものと解するのが相当である。

さて本件運送契約は国鉄(鉄道運送業者)と被控訴会社の委託を受けた日通(運送取扱人)とで締結せられたことは前示のとおりであり、成立に争のない乙第一号証の一ないし二百十一(車扱貨物通知書)の荷受人欄にはいずれも「キャンプ所沢側入」と記載されている。而るに≪証拠省略≫によれば側入とは側線に入れるということであってこのことは荷受人が駐留車であるとは云え得ないとの趣旨の供述をなし、又≪証拠省略≫によれば駐留軍に納入される物資には荷受人として軍の部隊名が明記してある旨の供述をなし、更に同証人は北所沢駅側線は駐留軍の提供した資材によってできたものではあるがその運転に関する管理及び補修は全部控訴会社において全責任を持っている旨の供述をなし右供述と≪証拠省略≫とを併せると北所沢側線に貨物を運送したことが直ちに駐留軍に運送したことを意味するものでないと認められ、以上の諸点よりして考えるとき右貨物通知書の記載によって被控訴人主張の如く本件運送契約における荷受人を駐留軍であると即断することは必ずしも妥当でないと考える。右の如く運送状により国鉄が作成した貨物通知書の荷受人欄に「キャンプ所沢側入」と記載した趣旨は、≪証拠省略≫によれば駐留軍貨物輸送手続に関する日本国有鉄道総裁達により車扱貨物の積卸時間は駐留軍貨物の場合には他の一般貨物のそれより時間が延長されることになっているため有利な取扱となること、かつ右の如き記載がなければ北所沢側線内に運送することができなかったこと等の事情によるものであったと推認することができる。

このように荷受人が何人であるかを車扱貨物通知書によって明らかにすることのできない本件の場合にあってはこれを他の資料によって判断するほかはない。ところで≪証拠省略≫を綜合すると、北所沢駅に到達した本件石炭は被控訴会社の依頼により訴外西武通運株式会社(以下西部丸通と称す)が荷卸しをなし駐留軍指定の貯炭場に搬入していたこと、そしてこれが費用を被控訴会社において支払っていたこと、右の事情を知らされた控訴会社(北所沢駅長)は右石炭が到着するやその都度その旨を西武丸通に連絡し、取卸しの際は西武丸通の受領印を徴していたこと、なお、被控訴会社は駐留軍(米国政府)に対し契約所定の石炭を指定の搬入地点(所沢市キャンプ所沢内受領人貯炭場)に供給運搬する責任を負い従って荷卸、輸送に要する費用は同会社の負担とし、不満足な石炭を配給したという理由で惹起するかも知れない留置料に対してその責を取ることになっていたことが認められる。以上の点よりこれをみるに本件運送契約における荷受人は駐留軍ではなく被控訴会社であると認めるのが相当である。

被控訴人は前段認定の事実は本件運送契約に先行する駐留軍と被控訴会社との間における石炭供給契約に基づくもので本件留置料発生の原因をなす運送契約とは何等関係がないと主張する。

しかしながら本件運送契約においてはその鉄道営業者が作成した車扱貨物通知書の記載によって荷受人の何人たるかを明らかになし得ない特殊な場合にあっては他の資料によって認定した事実を基礎として契約当事者の意思を推断することを妨げるものではない。

四、被控訴人の時効の抗弁について、

控訴会社は被控訴会社に対し前示貨車留置料を請求し得べきものなるところ、右請求権はおそくとも昭和二十九年十月十六日には発生し履行期にあったものなることは控訴人の主張自体により明らかであり、控訴会社が本訴提起をしたのは昭和三十一年六月二日であることも当裁判所に明白である。而して右請求権は運送人(本件では相次運送人である控訴人)の荷受人に対する債権であることは前記説示のとおりであるからその消滅時効の期間は一年であると謂わねばならない。従ってこの点に関し右と異なる控訴人の主張は採用するを得ない。

而して≪証拠省略≫を綜合するに、控訴会社は昭和二十九年十月二十五日被控訴会社に対し本件留置料二百三十九万四千七百四十円の支払を求めたるところ、被控訴会社はその請求権の存否につき調査のため駐留軍に対し照会した上その解決に付善処方を約し、その後軍当局と交渉を重ねていたが一年経過後の昭和三十一年一月十日に至り漸く控訴会社に対し従来の交渉の経緯を説明し更に本件留置料については留置時間の喰い違い等相当複雑なる問題もあるので控訴会社の協力を願う旨書面を以て回答してきたことが認められる。≪証拠判断省略≫右事実によると被控訴会社は控訴会社の留置料請求に対してその債務の承認をなしたものとは認め難いが、その請求権の存否について調査のため期間の猶予を求めていたものと認めることができる。右のような場合控訴会社の請求即ち催告の効力はこれにつき被控訴会社より何分の回答あるまで存続するものとみるべく訴提起が期間の猶予中であること明らかな本件にあってはこれにより時効は中断されたものと認めるを相当(大審院民事判例集七巻八号五一九頁参照)と謂うべきである。

五、以上のとおりであるから被控訴会社は控訴会社に対し本件留置料金二三九万四、七四〇円及びこれに対する履行期の後たる昭和三十一年六月十四日から完済に至るまで商法所定年六分の割合による遅延利息の支払をなすべき義務があるから、これが支払を求める控訴会社の本訴請求は正当として認容すべく、これと趣旨を異にし控訴人の請求を棄却した原判決は不当であり民事訴訟法第三百八十六条により取消を免れない。

よって、訴訟費用の負担につき同法第八十九条、第九十六条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 毛利野富治郎 裁判官 加藤隆司 安国種彦)

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